1960年代に日本で社会問題となった「サリドマイド薬害事件」をご存知でしょうか。
サリドマイドを服用した妊婦から奇形の赤ちゃんが生まれるという、きわめて重大な薬害事件です。
その被害の大きさから一度は姿を消したサリドマイドが、今新たに医療現場で注目されています。
世界的に被害が広がったサリドマイド薬害事件について、当時の背景と最近の動向について解説します。
目次
「サリドマイド薬害事件」とは
サリドマイド薬害事件は、1960年代に日本を震撼させた重大な薬害事件です。
日本の歴史の中でも戦後最悪の薬害事件のひとつとされ、被害者が国を相手取って訴訟を起こすなど、大きな社会問題となりました。
サリドマイドとは
サリドマイドは1957年に西ドイツで発売された、鎮静・催眠薬です。日本では睡眠薬のイソミン、胃腸薬のプロパンMという名前で流通しました。
「妊婦が飲んでも安全無害」という触れ込みで販売されたことから、副作用の無い薬として妊婦がつわりの症状を抑えるために人気となりました。
しかし後に、妊娠初期の妊婦が服用すると催奇形性があることが判明したのです。
胎児の手指などに奇形が生じる副作用が生じたことから、一時は世界的に使用が禁止されました。
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サリドマイドによる健康被害
サリドマイドの副作用による被害は、全世界で約5800例と推定されています。そのうち30%が死産で、奇形などの被害が生じた数は約3900例です。
日本では1959年から1969年までの10年間で、309人のサリドマイド被害児が出生しました。死産はおよそ1,000人と推定されています。
しかし、国内でサリドマイドが販売停止された1962年以降も、回収が徹底されず被害は続いたとされています。
サリドマイドによる副作用は、毛細血管などの組織の成長を妨げられることで四肢の欠損や耳の障害が生じます。
重篤な症状では両上肢がないものや、フォコメリアと呼ばれる肩から直接手が出ている奇形などが生じます。
また、指や耳たぶの欠損、難聴などの被害も数多く見られました。
心臓疾患や胆のう、虫垂の欠損、消化器の閉塞などの内臓障害などもあり、胎児に悲惨な薬害をもたらしました。
サリドマイド薬害はなぜ起きた?
サリドマイド薬害がこれだけ世界的に拡大したのは何故でしょうか。
サリドマイドの発売から普及、発売停止になるまでの流れをまとめました。
サリドマイドの発売と普及
サリドマイドは、1957年に西ドイツで販売開始しました。
服用によって手足のしびれなどの副作用が成人に起こることが報告されていましたが、そこまで重要視されていませんでした。
その後世界40か国以上で販売され、日本では1958年から、睡眠薬や胃腸薬として、薬局でも手軽に購入できるようになりました。
「きわめて安全性が高い」と宣伝され、妊娠中でも安心して飲める薬として、妊婦のつわり治療薬として処方されたことから、広く普及していきました。
厚生労働省の簡易な審査の実態
サリドマイドが日本で許認可されるにあたり、厚生労働省が行った審査は非常に簡易な物でした。
当時は包括建議という慣習があり、既に海外で使用されている有名医薬品は簡易審査のみで認可していました。
そのため、サリドマイドも臨床試験なしで、1時間半程度の審査で承認されたのです。
しかし厚生労働省が審査を行った1957年時点では、開発元の西ドイツでもサリドマイドは未発売でした。
海外の有名医薬品という厚生労働省の認識は完全に誤りで、後に厚生労働省の審査のずさんさは大きく非難されることとなりました。
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レンツ警告と日本の対応
ドイツでは1959年頃から、これまでほとんど見られなかった新型の新生児奇形が爆発的に増加しました。
当初は何らかの化学物質が原因と考えられていましたが、ハンブルク大学小児科のレンツ医師の調査により、サリドマイドが奇形の原因である疑いが報告されました。
1961年11月にドイツの小児科学会で行われたこの報告は「レンツ警告」と名付けられ、サリドマイドの販売停止、回収が1ヶ月遅れるごとに、奇形児が増加していくとの警告がされました。
西ドイツをはじめヨーロッパの西欧諸国は、レンツ警告の直後にサリドマイドの販売停止と回収を行いました。
しかし、日本はレンツ警告には科学的根拠がないとして、対応を行いませんでした。
厚生労働省は別の1社にサリドマイドの製造承認を与えたほか、既に製造・販売を行っていた大日本製薬は、サリドマイドを睡眠薬から胃腸薬に切り替え、さらに宣伝を続けました。
日本でサリドマイドの販売停止と回収が行われたのは、諸外国から10カ月遅れの1962年9月のことでした。
8月に北海道大学の梶井講師が日本でのサリドマイド児の症例を発表したことで、ようやく大日本製薬が販売停止を回収の発表を行ったのです。
しかし、結局回収は徹底されず、被害は拡大していきました。
サリドマイドがまた使われているって本当?
1969年代の世界的な薬害事件から、サリドマイドは世界的に販売停止の状態が続いていました。
しかし実は、サリドマイドは現在新たな用途で使われるようになったのです。
サリドマイド復活の経緯
胎児への健康被害を受け、1960年代初めに世界的に販売が禁止されたサリドマイドですが、その後新たな効果があることが判明しました。
1965年にサリドマイドがハンセン病の改善に効果があるという報告がされたのです。
アメリカでは1998年にハンセン病の一時抑制薬としてサリドマイドを承認しました。
その他にも、サリドマイドは抗がん作用、炎症性疾患などへの効果があると認められています。
サリドマイドが再評価されたことで、国内でもサリドマイドを個人輸入するケースが相次ぎました。
そのため、日本では2005年にサリドマイドを「希少疾病用医薬品」に指定して治験を行い、2008年に正式に国内での製造販売が承認しました。
現在、日本ではサリドマイドが多発性骨髄腫の治療薬として使用されています。
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サリドマイドは安心して服用できる?
かつて悲惨な薬害を引き起こしたサリドマイドですが、現在は安心して服用できるように、ガイドラインが設けられています。
例えばアメリカでは、サリドマイドを安全に使用するために、サリドマイドの教育管理システムが運用されています。
また日本の場合は「サリドマイド製剤安全管理手順」が制定され、サリドマイドの管理、登録、禁止事項など、服用に関するさまざまな規定が細かく定められています。
サリドマイドは副作用として眠気やめまい、末梢神経障害などが報告されており、投与量の調整は必須です。
サリドマイドがかつて引き起こした薬害への教訓から、「サリドマイド製剤安全管理手順」の徹底した遵守と周知の徹底が医療機関に求められています。
こうした厳格な対応が世界的に行われ、サリドマイドの持つ有用性を活用する流れができているのです。
- サリドマイド薬害事件は1960年代に世界的に起きた薬害事件
- 妊婦を中心に普及し、多くの奇形児が発生する副作用が起きた
- サリドマイドによる被害は全世界でおよそ5800例にも及ぶ
- 1961年のレンツ警告をきっかけに欧米では販売停止と回収が行われた
- 日本では販売停止と回収が遅れ、被害が拡大した
- 現在、日本ではサリドマイドが多発性骨髄腫の治療薬として使用されている
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